胃がん罹患体験 -手術・退院までのこと


手術前日は患者への説明も兼ねて、切開場所にラインを書かれました。アバラの下からヘソの上まで。
医者「長いですね。長いほうが手術しやすいんですよ」

・・・・・・それってつまり、胴長短足ってことでわ??? :しくしく:

足には弾性ストッキング。着圧ソックスを超強力にしたような感じの。
エコノミークラス症候群予防のためだそうです。
ストッキングだけじゃなく、血栓防止のため手術後24時間で歩くように言われました。

理論的には納得しますが、縫合跡がパックリいったらどうすんねん。

入院したのは大学病院だったので、当然ながら一人前になるために頑張っている研修医という方々がいます。
で、自分にあたったのが、麻酔科医。

麻酔には眠らせるためのものと、痛みをブロックするものの2種類があります。
痛み止めは硬膜外麻酔という脊椎に麻酔を持続的に注入するもの。

手術室に入ると、タバコ臭い息のおっちゃんが麻酔科の担当医師として挨拶。
この人が担当なのかと横になって背中をさらして待機していたら、背後から若いにーちゃんがやってきた。

「この人の体重は45kgだ。麻酔の量は?」
「○○です」
「それじゃ多すぎだ」

なんて会話が背後で行なわれる・・・・ :あぁん?:

タバコ臭はにーちゃんをリラックスさせつつ説明を続ける。

「胃をブロックする場合、第何脊椎に刺せばいい?」
「○○です」
「そうだ。じゃ、やってみようか」

ひぃ~~~~~ :怖い:

「1、2、3(指で背骨をなぞりながら数えてる)・・・ここですか」
「そうだ。いいぞ。じゃ刺そうか」
「こうですか」
「そうだ。落ち着いていこう。ゆっくり・・・そう、上手いぞ」

あ、あのぉ~~ヒトの背中で練習するなら、事前に断り入れてくれませんかねぇ・・・・ :やれやれ:
事故の起きやすい処置なんだから余計にさぁ。(まぁ事前に言って断わられたら研修医はいつまで経ってもデビューできないわけですがw)

全身麻酔のほうは、点滴で麻酔薬を入れると「だんだん」眠くなるという話だったのに、点滴した次の瞬間、名前を呼ばれて

「手術終わりましたよ!!」

すげーびっくり。

手術の直後はごっっつ~~~痛かったです。腹筋が発達している人ほど痛いらしい。
自分、朝おきる時は手を使わず腹筋だけで起き上がってたので、腹筋を使わない起き上がり方がわからず、マグロのようにゴロゴロとベッドを転がってました。

手術は昼、なのに翌日の朝に「さぁ歩こうか」と言われて
オニ~~~~~!!!
と思いましたわ。仕方なく24時間後から歩いたけど。

縫合は金属アレルギーがあるので、クリップじゃなく手縫い。
縫い目は誰に見せても(退院直後の写真をスマホに入れているw)「雑だ」と言われるので、これも研修医の仕事かもしれません。今にして思えば。(胴の長さも研修医向きらしいし :しくしく:

いまは縫合したところをテープで密着させるのが主流みたいですね。
“キズパワーパッド”のCMでもやっていましたが、傷口を湿った状態にすると快復が早いらしい。

ただ、いわばビニールハウス状態だから傷以外の細胞増殖にも非常に効果があったようで、とってもたくましい腹毛がお育ちになりました。 :・・・:

結局胃は幽門側3分の2から4分の3切除、つまり食道にくっついたわずかな部分だけ残して切除。

食事再開前に縫合不全がないかレントゲンで確認する際にリアルタイムの映像をみせてくれましたが、饅頭を横から見たみたいな形になってました。

手術後最初の食事は、スープをミキサーにかけて容器の縁にこびりついた泡みたいなやつ。絶食明けだから仕方ないけどマズかった。

それでも少しずつ量も食感も増えてきます。
でも入院中に慣れなければいけないのは、「食べること」と、加えて大事なのが「残すこと」。

産まれてこのかた食べ物を消化してくれていた臓器を失ったので、その損失を補う食べ方をしなくてはならないのです。

これまで胃でやっていた、食べ物を細かく液状にする作業は口の中でおこない、
細かくした食べ物を少しずつ腸に送り出す作業は、時間をかけて食べるという方法で代替します。

さらに手術後はその作業ですら内臓の負担になるので、30分かけて3分の1の量だけ食べる練習をします。
でも日本人は「食事は残さず食べなさい」と言われて育った人が多いので、「残さなければならない」ことに罪悪感を感じたりするのです。

自分もよほどの嫌いな食材でもない限り完食する習慣だったので、食後の看護師チェックで半分食べたと言っては毎回怒られてましたw

そんなこんなで2週間。
人間とはゲンキンなもので、苦しい時には「早く退院したい」と思うんですが、体調が良くなってくると、

誰かが3食作ってくれて、毎日掃除してくれて、着替えも持ってきてくれて、体調管理してくれる優しいおねいさんがいて、1日中テレビ観てゴロゴロ

という生活が独り身にとっては快適で退院したくなくなってくるんですよね。

もちろん元気なので追い出されましたが :笑:

その後ステージが判明し化学療法の生活になるわけですが、退院直後は体重もあったし体力もまだあったので今よりも元気だったなぁ。