ヴィクトリア(カナダ) その6


1999年9月19日

ホームステイ最終日。
家で荷物をまとめていると、二人に呼ばれました。
すると、イヌイットの伝統模様が刻まれたシルバーの指輪のプレゼントと、手作りのカード。
カードには教えたてのWindowsペイントで描かれた満点の星空。

それを見てボロ泣き。
涙と鼻水の量がハンパなく「ありがとう」の後に出た言葉が「箱ティッシュ取って」。

あまりの帰りたくなさとか、元彼とか親の病気とか、いろいろ頭を駆け巡ってもう爆発。(じつは学校でも泣いた。ははは)

帰りはヴァンクーヴァーに寄るのでシーバスという水上発着のセスナのところまで送ってもらったんだけど、そこでも涙。
写真を撮るときにパイロットから「笑え!」とツッコミが入りました。

また戻ってくるよぉ~~~!

ヴァンクーヴァーに近づくにつれ、見えてくる街並みが黄色くなってきた。

・・・空気が汚い・・・。

それが果たしてヴァンクーヴァーの空気なのか、それともほぼ隣町のアメリカ・シアトルから流れてきた空気なのか、もうヴィクトリア贔屓になっていた私にはどっちでもいいことでした。

港について、ホテルまでの道は上り坂でした。
学生時代から腱鞘炎持ちの自分。
この坂が私をスーツケース嫌いにした原因です・・・。

ホテルに着いても放心状態で、実はあまり歩き回らなかったのです。晩ご飯だけ買って、音楽番組観ながら帰りたくな~いとウジウジしていました。

実は、なんとその願いが叶ってしまうのです。 :ええっ:

1999年9月20日

次の日、ホテルの近くから空港まで行くバスを見つけられず空港でのチェックインが遅れ、「中でもう一度確認してくださいね」と言われ座席番号のない航空券が渡されました。

番号がないってことは席がないってことで・・・。

オーバーブッキングです~~~!!

この旅は英会話スクールを通して日本の旅行会社が手配しているから、オーバーブッキングになるとは思わんかったよ!しかも帰りは日本の航空会社だったのに。

キャンセル待ちをしたものの、とうとう出発時間まで空席が出ず・・・。

航空会社からお詫び金と、ホテルクーポンが渡されました。
乗りそびれたのは、私と日本人のオジサンの二人。

二人で紹介されたホテルへ。

早速帰国後泊まるはずだった横浜の友人宅へ電話。当然キャンセルです。
それからヴィクトリアのホストファミリーにオーバーブッキングされちゃったぁと電話。
思わぬところでもう一度声を聞けたのでした。

晩ご飯はオジサンと一緒。定年後にカナダをひとりで横断してきたそうです。
そういうバイタリティは見習いたいなぁ~。
でもパソコンは恐くて触れないというので、ネットをやれば世界がもっと広がりますよと教えてあげました。(まだネット接続はダイヤルアップが主流の時代でした)

1999年9月21日

次の日シアトル経由でオジサンと仲良く帰国。

横浜に泊まるのをやめたことで札幌への帰宅日は同じになったので、家族にはオーバーブッキングされたことは今でもナイショなのです。
楽しかったからいいの。はっはっは。

その後。

それから数ヶ月して、オーバーブッキング仲間のオジサンから「今インターネットにハマっています。今度イギリスに留学します」というメールが届きました。

・・・私も負けてられません。 :good: